2017-11-21 芦屋市打出 延暦4年(785)に淀川と神崎川を繋ぐ水路が開削されて、 京都から直接 船で瀬戸内へ出るルートが開かれると、風光明媚な芦屋の地は「都心に一番近いシーリゾート」として貴族たちに愛されるようになったそうです。 また京都から陸路で西国街道を進むと、打出で初めて海を目にし、感動もひとしおだったことでしょう。 在原業平の父 阿保親王さまは、この地に別荘を構えておられ、その名があちこちに残っています。